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2026-02-17
今年の冬は、あまり牙を見せなかった。
例年なら、朝の玄関で一歩踏み出した瞬間に肺の奥まで冷気が侵入し、「今日はもういいのではないか」と人生そのものを否定したくなるはずだった。だが今年は違った。冬は来た。確かに来た。だが、辛さという点においては、明らかに鈍っていた。
理由は明白だ。こちらが先に、戦争を始めていた。
まず、車通勤の頻度を上げた。
冬の冷気に対して徒歩で立ち向かうなど、もはや古代の戦術である。現代には暖房という文明がある。エンジンをかけた瞬間、車内は小さな楽園となり、外気温は単なる数字へと格下げされた。
次に、防寒着を惜しみなく投入した。
かつては見栄があった。多少寒くても「まだいける」と自分に言い聞かせていた。しかし、その見栄は何の利益も生まないことに気づいた。厚着は敗北ではない。合理化である。
さらに、外出そのものを減らした。
寒い場所に行かなければ寒くない。これは極めて論理的な解決策だった。
電気毛布も導入した。
あれは毛布ではない。文明の結晶である。布団に入る瞬間のあの安堵感は、もはや季節の概念を破壊する。冬は布団の外にしか存在しないのだ。
マンションの内窓も増設した。
冷気は侵入者であり、窓はその侵入口だった。二重の防御は、城壁を強化するのと同義である。外の世界は凍えていても、内側は静かで穏やかだった。
そして、飲酒を控えた。
アルコールは一時的な暖かさをくれるが、その後に確実な冷えを連れてくる裏切り者だ。今年はその誘惑を退けた。体は正直で、結果として寒さへの耐性は明らかに上がっていた。
こうして振り返ると、冬が弱かったのではない。
こちらが、冬に対して周到な準備を整えていただけだった。
やがて春が来る。
犬の散歩に出る。自転車で風を切る。ゴルフ場の芝生はまだ眠そうだが、空気は確実に柔らかくなっている。この短い快適な季節を、できる限り消費するつもりだ。
そして真夏が来れば、再び引き篭もる。
季節と戦う必要はない。勝てる時だけ戦えばいい。
ただ一つ、気がかりがある。
朝の鼻水だ。
目覚めた瞬間、彼らはすでに準備を終えている。
寒さには勝ったはずだった。窓も、防寒も、暖房も、すべて整えた。だが鼻水は、これらすべての防御を嘲笑うかのように現れる。
静かな部屋。暖かい空気。
そして、容赦のない一滴。
冬は、まだ完全には終わっていないらしい。
